卓話者:
流通科学大学学長
ブリティッシュコロンビア大学名誉教授
永谷 敬三
1936年博多生まれ。59年一橋大学経済学部卒業,大蔵省勤務。65年フルブライト交換留学生。68年博士号(Ph.D)取得。97年ブリティッシュコロンビア大学名誉教授,神戸大学経済学部教授。00年流通科学大学教授。04年同大学長。 主な著書:『経済学で読み解く教育問題』学術論文・著書多数。
 カナダのブリティッシュコロンビア大学で30年経済学を教えてきました。国籍もカナダで,日本では3年ごとに就業ビザを更新しながら教壇に立っています。日本に来て,大学生の目が死んでいる,やる気がないことが分かり大変なカルチャーショックを受けました。向こうでは払った授業料を取り戻す意気込みがありますが,日本ではとにかく勉学を忌避する,それが分からない。トレーニングジムでは会費を払い黙々と筋トレを行います。大学は脳トレをする所なのです。アメリカ,カナダの学生に比べ日本の学生は抜群に悪いと指摘したいのです。

欧米は政府ができる前に大学あり
 スイス・ローザンヌにあるビジネス系の研究機関IMDが作成した2003年版の全世界の国々の評価とランキングをみますと,大学教育について日本は30か国中30位と最低です。公的な教育支出はカナダが1位で日本は22位となっており,非常に悲しいことですが日本の大学教育はメチャクチャということができます。これは歴史的経緯の違いもあります。欧米の大学は近代政府ができる以前に創設されました。世界で最も古いイタリアのボローニャ大学は1119年,パリ大学は1150年,オックスフォードが1167年,ケンブリッジが1210年です。新しいとされるアメリカでもハーバードが1636年,エールが1701年,コロンビアは1754年,私が留学したブラウンは1764年,政府ができたのが1776年ですから,やはり政府より前なのです。
 日本では東大が1877年,京大が1897年,つまり政府がつくったわけで文部科学省は自分が産んだからと子離れできない教育ママなんです。とにかく口は出すが金は出さない。何をするにもお伺いさせる。外国では逆で金は出すが口は出さない。教育活動,人的資本というのは,本人に帰属する利益以上の利益を社会に生み出すのです。口を出すのは制度的欠陥だと思います。

人づくりの戦略を持て
 モノづくりと人づくりは大きく異なります。
経済学のゲーム理論で言いますと,モノづくりは自然を相手のゲームです。人と人とのゲームとの違いは,自然は我々の腹を読み違う反応をすることはない。手間暇かければ相応の品質の製品ができる。ある意味正直で,予測可能な活動です。教育,人づくりは,人が人をつくるわけです。こちらの戦略に対し,いくつかの選択肢の中から何かを取る。それにこちらもまた対応する。均衡という言葉で表現するなら,いい均衡に落ち着くこともあるし,全く逆もある。二人の容疑者が別々に調べを受け,否認を通すつもりが口を割ってしまう囚人のジレンマのように,考えている戦略が取れない場合がある。教育も教師が生徒相手のゲームをするわけです。手間暇かければ必ずいい均衡に行くとは限らない。日本は悪い均衡になっています。人づくりは自発的に勉強したいと思わせるインセンティブ・ストラクチャー(誘因構造)をいかにつくるかということです。
 日本人は自然相手のゲームはうまいので理科系には強く,有能です。ところが人を相手のゲームはうまくない。外交をみてもこれが世界の大国かと思うほどオロオロして情けない。どうやって誘因構造をつくるかなのです。皆さんが学ばれた新古典派の経済学は自然科学に近かったが,最近の経済学は不確実性の多い人間学になりつつあり,私の著作『経済学で読み解く教育問題』もそれを取り上げております。

怠慢を排し信賞必罰の教育を
  日本の大学生は勉強しません。しなかったら落ちるかというと落ちない。できてもできなくてもいい評価(試験)制度です。できたからといって誉める人もいない。先生は面倒だからとテストもしない。日本の教師は平均的に怠慢です。教育と研究は車の両輪なのに常に「教育は研究の邪魔だ」というのです。
 欧米では誘因構造ができていまして,論文を書かないとクビになります。それを何十年やると嫌になるし,やっぱりラットレースとは思うのですが,教育をすることで脳が活性化されます。いい学生は必ずいます。流通大学にもどこへ出しても恥ずかしくない人がいるから,私はその人のために教えています。教えるとは学ぶことなのです。
 私が何をどうやって教えているのか,どれくらいいい先生か,誰もチェックしないという相互不可侵条約があり,互いに人のことに口を出さない。そうやって何十年同じ科目を教えていれば,いかにいいスタートをきっても脳死します。そんな授業を聞いている学生こそがいい面の皮で,結局お互いが楽に努力しないようにしているのです。これは大学教育だけでなく,小学校からそうです。できない者に「できない」と言わない。いつかどこかで言われるのです。それなら22歳で言われるより12歳で言われた方がいい。まだ改善の余地があります。
 誉められるぐらいいい励みになるものはないのです。ところが日本はしからず誉めずの「不賞不罰」です。教育はいい成果は誉める信賞必罰で子供たちの長所と短所を教えてやり,分際をわきまえさせるのが第一です。偏差値での進路指導も残虐です。20歳ぐらいまで受験勉強で来て,人生について何も考えたことがない。昔は貧しかったこともあってだれも大工,兵隊になどと自分の人生を比較優位の原理で考えていた。自分の比較優位を一人ずつの子供に意識させる,それが非常に重要です。今の大学4年生は就職活動で無いに等しい。この点だけでも直すべきです。




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