1951年7月  星野行則君第60地区ガバナーに就任
 大阪ロータリークラブの産みの親である星野行則君が第2代目ガバナーに選ばれた。当時は既に全国に60以上のクラブがあり、そのように広範囲の地域を82才の高齢の星野翁が公式訪問することができるか懸念されたが、御当人はそれどころか、単身勇躍してLake PlacidにおけるInternational Assembly並びにAtlantic Cityにおける国際大会にまで出席し、ガバナーとしての教育を受け帰国した。また、各地の公式訪問も単身、鞄一つで出かけるなど、年齢を感じさせない精神力と体力の持ち主であった。星野ガバナーが任期を終えるときには、第60区におけるクラブ数は75までに増加しており、その翌年度から区が2分割され、地域もクラブ数も半減したので、星野翁は歴代のガバナー中、最も広範囲にわたって多数のクラブを訪問行脚したわけである。


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